職務上、多くの新規事業に携わってきたが、その大半が失敗している。そしてその失敗の多くは、私が「確信的価値感覚」と呼ぶものの欠如による。
本稿では、この「確信的価値感覚」なる造語の意味と、事業的成功との関係について整理したい。
なお、本稿における「事業」は営利活動に限らず、NPO・ボランティア・公的機関の運営も含む。
新規事業の失敗要因
新規事業の失敗は、大きく分けて技術的要因と非技術的要因に分類できる。
技術的要因とは、「(価格等の属性を含め)提供したい財やサービスの生産が技術的に不可能だった」ケースである。たとえば、常温超伝導ケーブルの製造販売を目指したものの、常温超伝導の実現自体に失敗した、あるいは成功したがコストが高すぎて量産できなかった、といった事例である。
ただし、私が関与した事業のほとんどは技術的に実現可能な領域内で展開されたため、この類の失敗に遭遇することは稀だった。
一方、非技術的要因には多様なものが含まれるが、私が見た失敗案件の大半が「確信的価値感覚の欠如」に起因していた。そして、この感覚を欠いたまま成功した事業には、未だ出会っていない。
「確信的価値感覚」とは何か
まず、「価値感覚」とは何か。
これは単に「何かに価値があると感じること」だが、重要な点が二つある。
第一に、「感覚」である以上、それは思考の結果ではない。つまり「複数の前提に基づいて演繹的に導かれる価値」では足りない。視覚で何かを見た際の感覚が、演繹的推論の結果ではないように、価値感覚もまた論理とは別種の知覚である。
第二に、「感覚」である以上、それは自己完結している。他者の同意を必要とせず、自らにとって確かに存在していると言える。たとえば夢の中の景色は現実には存在しなくとも、その視覚的知覚は確かに存在していたと言える。同様に、価値感覚も他者が否定しようが自分にとっては確かな感覚である。
以上を前提に、私は「確信的価値感覚」を以下のように定義している:
- ① その価値が具現化/進展しない世界は到底受け入れ難いと感じるほど強い感覚であり、
- ② その感覚が一生続くようにしか思えないもの。
従って、その有無を見極めるためには次のような自問が成立する:
「世界中の誰もがその価値を認識せず、存在を疑問視したとしても、それは自分にとって否定しようがなく、これが実現しない世界は一生にわたり到底受け入れられないと感じるか?」
革新的価値感覚はなぜ必要か
では、なぜ確信的価値感覚がないと事業の成功は難しいのか。
それは、新規事業における極端な不確実性を飛び越えるだけの「営業力」が持てないからである。
ここでいう営業力とは、単なる商品営業を超えた広義の「巻き込み力」であり、採用・資金調達・仕入・広報等を含む。すなわち、自身の事業に他者を関与させる力全般である。
新規事業は、不確実で報酬も見えない中、従業員・銀行・投資家・取引先に、他の安定事業を差し置いて関わってもらわねばならない。そのためには、その事業の価値を強く説得するしかない。
(なお、情報弱者を騙して巻き込む類の事業はこの議論の対象外である)
しかも、本当に新しい価値を生み出す事業であるならば、既存の社会的コンセンサスと必ずどこかで衝突する。つまり、ほぼ確実に否定される。
このとき、確信的価値感覚を欠いていると、否定に直面するごとに自信が揺らぎ、痛みが増し、都合の良いことを個別に言って回るようになる。結果として、活動にブレと矛盾が入り込む。
事業を支える唯一の「確かなもの」は、確信的価値感覚=大義である。これが揺らぐと、他に拠って立つものがなくなり、存在意義が曖昧になる。
ステークホルダーは「なぜ自分はこんな不確実な事業に関わっているのか」と疑念を持ち始め、主導者も自信を失い、リーダーシップが瓦解し、事業は失速する。
大義を失った組織には遠心力が働く。人が離れ、やがて誰もいなくなり、事業はひっそりと幕を閉じる。
死ぬまで続ければ失敗はない
一方で、確信的価値感覚がある場合、大成功するか否かは別として、事業は終わらない。
仮に営利企業を組織して失敗し、精算したとしても、その価値が一生続くようにしか感じられない以上、また別の形で再挑戦することになる。
成功する前に寿命が尽きる可能性はあるが、その場合、「失敗した自分」を知覚することはない(仮に死後の世界があるなら、そこで続ければ良い)。
OpenAI創業者のSam Altmanが成功者の特徴として "force of nature" を挙げている(本人ブログ “How to be successful” 参照)が、これはすなわち「宇宙が崩壊しようがこの価値だけは追い続けるし、他には何もできない人間」であれば、成功するまで続けるので、成功確率が高くなる、ということである。
さらに、価値追求に終わりはないため、一度成功してもなお続ける人間は、常人を遥かに超えた成功を収める確率も高い。
結論
ゆえに、事業の成否を見極める上で、最も初めに問うべきは、その発起人が確信的価値感覚を持っているか否かである。
あらゆる戦略や計画以前に、それがなければ何も始まらない。